はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

迷子のヒナ 161 [迷子のヒナ]

「おじさんはどこから来たの?どうやってここに入ったの?名前はなんていうの?もしかして、スパイ?」

ヒナはどぎまぎしながら、ずいぶん離れて隣に座った正体不明の男に向かって尋ねた。突然現れて名前も名乗らずに色々訊くのは、絶対スパイだ。ヒナは確信していた。

「スパイ?――い、いや違うな」と謎の男はヒナのスパイ説を否定した。「ここへはそこの開いた窓から入った」

スパイはレースのカーテンがはためくフレンチ窓を指差して言った。名前はまだ名乗らない。

「勝手に入ったの?おじさん」ヒナは引き下がらなかった。

「うーん、そういうことになるのかな……」承服しがたいといった口調のスパイ。

ヒナは「ニコに言い付けるよ」と、脅してみた。するとスパイはひどく慌てた様子で、声を潜め、でも強い口調で「それはダメだ」と言った。それから上着の中で窮屈そうに身じろぎをすると、「グレゴリーだ。ここへはちょっとした用で来たが、早く着き過ぎたんだ。だからしばらくここで待つことにした。分かったかい?ヒナくん」

嘘だ。ヒナは直感でそう思った。でも、名前は分かった。

「じゃあ待つ間、バックにお茶持って来てもらう?ヒナの部屋にはチョコがあるから持ってこようか?」

随分うまい口実を思いついたとヒナは得意になった。チョコレートを取りに行くといって、ジャスティンにスパイが侵入した事を報告しに行こうという目論見だ。

「いやいや!お茶もチョコレートもいらない」グレゴリーは両手をヒナの方へ突き出し、何が何でも押し止めようと激しく拒否をした。

ますます怪しい。

ヒナはずいっとグレゴリーに近寄った。やましいグレゴリーは咄嗟に身を引いた。

そのとき馴染のある香りがヒナの鼻孔へ流れ込んできた。ハッとして、グレゴリーの顔を下から覗くように見る。なんの匂いだろうと、ヒナは鼻を膨らませ、思い切り周りの空気を吸い込む。ヒナと同じ石鹸の匂いだ。急に親近感が湧いた。

「もしかして、緑の四角い石鹸使ってる?」

グレゴリーは黒っぽい眉を顰めた。チョコレートから石鹸へと話題が移ったのが理解できないようだ。
「そうだな。緑の四角だ」と言葉少なに返事した。

「ヒナも!ジュスとお揃いなんだ!」と言って、すぐさま後悔した。口元を両手で覆い、お尻をずらして後ろへ引いた。

「ジュスというのは、誰だ?」

突如グレゴリーが恐ろしい声を発した。それはジャスティンがすごく怒った時と同じくらい、低く冷酷な声だった。

ヒナは震えるようにかぶりを振り、消えりそうな声で「内緒」と言った。

つづく


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迷子のヒナ 162 [迷子のヒナ]

内緒と言うにはタイミングが遅すぎるとグレゴリーは思ったが、そこには頓着せずに重ねて尋ねた。

「君はジュスという無法者と一緒にここへ来たのか?用件はなんだ?」

それまでの温厚さは脱ぎ捨て、グレゴリーは口調を厳しくした。これがいつもの自分。やましいからといって、妻のご機嫌をとるような話し方は限界だった。

「むほうものってなに?レゴだって、何しに来たのか言わないでしょ!」ヒナが反論した。

グレゴリーはもはや開いた口が塞がらなかった。目の前の神秘的な顔立ちをした少年ヒナは、前人未到の偉業を成し遂げたのだ。いや、失態だ!侯爵に向かってレゴなどというふざけた呼び名をぶつけたのだ。これは無礼以外の何ものでもない!グレゴリーはいきり立った。だがすぐに思いなおした。ここでは所詮グレゴリーはただの侵入者でしかない。怒り狂って人を呼ばれたら面倒だ。さっさと真偽のほどを確かめて、それから正面切って屋敷へ入ろう。

「前言撤回する」グレゴリーは潔く言った。

するとヒナは「ぜんげんてっかいってなに?」と目をまんまるにして訊き返した。

その顔つきから、わかっていて訊き返しているのだとグレゴリーは察知した。もしかしてヒナは謝らせたいのだろうか?このわたしに。

「先ほど言ったことは全部なかったことにしたい、ということだ。こちらとしてはジュスというのがいったい誰なのか知りたかっただけだ」

「ジュス?しーらないっ」と言って、ヒナは脇へ置いておいた本に手を伸ばした。グレゴリーはその様子を目で追いながら、ヒナの右手小指の爪が変形していることに気付いた。

「ヒナ、その爪は?」

見覚えのある形の爪。それはかつて弟の爪が剥がれ、のちに生えてきた爪の様子と酷似していた。あいつの爪はいまは元通りになっている。この子の爪がいま現在いびつな形をしているという事は、ごく最近、爪が剥がれた事があるという事だ。

まさか、かつて自分がされた事を、この子にもしているのか?あの馬鹿者は。

グレゴリーにとって幼い頃弟にした数々の仕打ちは、消し去ってしまいたい過去だった。

だがそれとは別に、ジャスティンの事はどうしても受け入れがたい存在だった。
好きとか嫌いとかの問題ではない。あいつがこの世に生を受けたその時から、疎ましくてならなかった。

これは三つ年下の妹には抱いたことのない感情だった。どんなに両親の愛情を受けようとも、嫉妬した事は一度もなかった。

そう、弟に対する感情は嫉妬そのものだった。

父はあの出来損ないを殊の外可愛がった。それだけならなんてことない。だが、ジャスティンは男子だ。いつかこのわたしに取って代わるのではないかと、いつでも不安がついてまわった。恐怖以外のなにものでもない。それが嫌悪へと変わり、不満は鬱積した。
それを解消する為、グレゴリーは弟を痛めつけた。

最初はジャスティンがほんの赤ん坊の頃、頬をつねったのが始まり。そのうち出来るだけ目立たない場所を選ぶようになった。けれどもそうそう隠せるものではない。グレゴリーは知恵を働かせて、子守りに罪を擦り付けた。当時ジャスティンの子守りは次々変わっていた。

仕打ちはエスカレートし、とうとう母親にそれが発覚した。グレゴリーがジャスティンの爪を剥いでやった、ちょうどその頃。すぐさま弟は兄から遠ざけられた。

両親はこのことに関してグレゴリーを咎める事はなかった。それはひとえに、グレゴリーが跡継ぎだからに他ならない。

それからというものジャスティンは家名に泥を塗り続けてきた。その最たるものが、紳士クラブの経営というわけだ。

グレゴリーは知っていた。
あの場所は、違法なものだと。

そしてジャスティンはよく理解している。
それを知る誰もが、法に触れることを指摘できない事を。

つづく


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迷子のヒナ 163 [迷子のヒナ]

ヒナはグレゴリーに指摘された小指の爪をしげしげと見つめた。

あの事故の時、怪我をした場所だ。

最近ではすっかり気にも留めなくなった、ちょっと変わった爪。どうやっても綺麗に爪が生えてこなくて、一時ヒナは手袋をして生活をしていたことがある。

変な爪をジャスティンに見られたくなかったからだ。

けれどジャスティンはその爪を優しく撫でながら、そのうちきちんと生えてくるようになると慰めてくれた。気にするほどおかしなものではない、とも言ってくれた。

結局いまでも波打って生えてくる爪だが、ヒナはこれは自分の個性だとして受け止められた。ジャスティンのおかげで。

「変?」ヒナは小指を立てグレゴリーに尋ねた。

「いいや。変ということはない」グレゴリーは細心の注意を払って、ヒナの問いに答えた。「だが、どうしてそんなことに?誰かにやられたのか?」

「誰かに?ううん。でも、どうして?」

「いやいや、違うのならいい」

そう言ったグレゴリーがホッと安堵の表情を浮かべたのを見て、ヒナは先ほどよりも警戒を緩めた。そしてもののついでにグレゴリーの爪も観察してみた。

爪は短く整えられていて、ピカピカに磨かれている。そして右手真ん中の指にはごつごつとした指輪がはめられていた。

興味を惹かれたヒナはグレゴリーに擦り寄り、その手を取った。

当然のことながら、グレゴリーは仰天し身を引いたが、その動きが事態を悪化させた。

ヒナはグレゴリーの左隣に座っていたため、右手を取ろうとするとかなり密着することになる。その状態でグレゴリーが後ろへ身を引けば、しっかりと手を握っていたヒナがほとんど抱きつくような形になるのは必然といえるだろう。

「な、なにをするっ!」と哀れなほど動揺するグレゴリーに対して、ヒナは平然と指輪に掴みかかり「見せて」と無邪気に言う。

「見せるから、離れなさい!」

力で上回るグレゴリーは非力なヒナをいとも容易くねじ伏せた。ヒナは不満たらたら。グレゴリーはここぞとばかりに退散する。ついには図書室でヒナとグレゴリーとで追いかけっこが始まった。

この騒がしい状態に気付かない者がいるとすれば、それは侯爵に意見など出来ない使用人のみだろう。もちろん気付かない振りだが。
この時すでに執事はグレゴリーの存在に気付いていた。だが、屋敷の主人に報告するか否かを決めかねていた。上下関係、主従関係、微妙な関係が密接に絡み合っていて判断できないでいたのだ。

そしてヒナを探しに来たジャスティンが柱の陰で思い悩む執事の横を通り過ぎたのは、ヒナがグレゴリーに追いついて抱きついたところだったのは、もはや悲劇としか言いようがないだろう。

つづく


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迷子のヒナ 164 [迷子のヒナ]

子供が掴みかかって来た!

こんな事があっていいのか?
ここは深い森の中でも、未開の地でもない。それなのに、凶暴極まりない人の皮をかぶった獣が、背後から腰に腕を回して抱きついている。

グレゴリーはこの奇妙な状態から逃れるすべを模索した。

とにかく指輪を外して、遠くへ投げよう。もはや指輪がどれほど貴重なものかは考えないようにするのだ。

グレゴリーは左手の指先全部を使って、指輪を引き抜こうとした。なぜか関節に引っ掛かって思うように外れない。その間も後ろでヒナが暴れている。

こういうとき、グレゴリーは子供にどういう対処をすればいいのか、さっぱりわからなかった。子育てに携わった事はないし、見ず知らずの子供と戯れたこともない。もちろん獣の様な子供に指輪を見せろと襲われたこともない。

グレゴリーはかつてないほど動転していた。
自分を抑制することはお手の物だったはずなのだが、なぜかヒナに対しては自己制御も何もあったものではない。心の防護壁を粉々に打ち砕かれ、ずかずかと土足で侵入された気分だ。いや、この場合、裸足で侵入と言った方がいいだろう。

そうこうしているうちに、やっと指輪が関節をすり抜けてくれた。

グレゴリーは背後を顧みて、ヒナにやっとの事で声を掛けた。

「ほら、離れなさい」

指輪をヒナの目の前でちらつかせながら、グレゴリーは腰を揺すりヒナを引き剥がしにかかった。が、絶妙なタイミングで邪魔が入った。ある意味では救世主でもあったのだが、グレゴリーがそれを認めるはずがなかった。

「ヒナ!その男からすぐに離れるんだッ!!」

弟がこれほど激した声を出すのを聞いたのは初めてだ。敬愛すべき兄に対して挨拶もしないとは、ずいぶんと偉くなったものだ。

グレゴリーは努めてゆっくりと振り返り、愚弟ジャスティンに冷たい視線を向けた。もう混乱状態は脱していた。

「誰に口をきいている?」冷ややかに言う。

「そっちこそなぜここにいる?」ジャスティンも負けず劣らずの冷酷さを滲ませ訊き返した。兄に対してここまで強く出たのは初めてだ。

「レゴはスパイ!ジュス逃げてっ!」

ヒナは相変わらず見当はずれなことを叫び、グレゴリーをジャスティンに近づけまいと必死に抱きつき、最悪の仲ともいえる兄弟共々――仲良く、驚かせた。

そこへこの屋敷で一番恐ろしい人物が現れたのだから、兄弟は揃って身を縮み上がらせた。

つづく


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迷子のヒナ 165 [迷子のヒナ]

「誰に口をきいている、ですって?」

その声を聞いた瞬間、ジャスティンはその場の空気が失われたのを感じた。
いくら勝気なニコラといえども、これほど傲然たる態度で挑むなど、無謀としか言いようがない。こんなことグレゴリーが許すはずがない。というのがジャスティンのおおかたの予想だが……。

凍りつく男性陣を余所に、女王ニコラがサッと顎をしゃくって執事に命じた。

「バックス、スパイが侵入しているそうよ。すぐに追い出して」

「スパイ!スパイ!」とはしゃぐヒナ。

狼狽えたのはバックス。
主人であるニコラに従うのは当然だし、そうすべきなのは分かっているが、追い出すべきスパイがその主人の夫で、なによりも侯爵なのである。ニコラはこの年老いた執事になんという仕事をさせようというのだろうか?バックスは泣きたい気持ちで、ニコラの命令に従うべく、のろのろと小さな身体を進ませた。

そこへバックスの救世主が現れた。遠乗りから戻ったベネディクトだ。

グレゴリーがこっそり忍び込んだその場所から、ベネディクトが顔を見せた。レースカーテンを掻き上げるようにして大きく払いのけると、一歩踏み出し「いったい何の騒ぎですか?」とその場の全員を咎めるような口調で尋ねた。てっきりヒナがまた騒いでいるのだと思ったベネディクトは、ここぞとばかりに攻撃を仕掛けたのだ。が、そこに父親の姿を見てとると、狼狽も露に目を見開いた。「お父様――」

「そうよベネディクト。あなたのお父様はここへスパイしにやって来たんですって。ヒナが捕まえてくれなければ、ここは悪の巣窟にでもなってたわ」

「悪の巣窟?ニコラ……説明するから、書斎へ行こう」と、書斎へ向かおうとするグレゴリーだが、なにせヒナがまだしがみついたままだ。身体を左右に振っただけで、足を踏み出すには至らなかった。

「書斎へ行こう?わたくしの書斎に?」とことん強気のニコラ。

これまでジャスティンは兄夫婦の姿を幾度となく見てきたが、兄が“ただの人”に見えたのは初めてだった。

「ああ、君の書斎だ。とにかく、誰かこの子を引き離してくれないか?」

ここで素早く動いたのはバックスだった。執事は己が無能だと思われないためにもそうする必要があったのだ。

同じ背丈のヒナと執事がよろよろとグレゴリーから離れると同時に、ジャスティンがヒナだけをすくいあげ、しっかりとその腕に抱いた。

もはや人前でどうのこうのと言っている場合ではない。
どういう経緯でヒナがグレゴリーに抱きつくことになったのかは、これから確かめるとするが、とにかくヒナは自分のものだと示しておかなければならない。

ニコラにはヒナの父親代わりと思われていることだし、なんらおかしい事はないはずだ。

「ねぇ、ジュス。レゴはおとうさまなの?」ヒナはひそひそ声で言った。さすがのヒナもニコラの剣幕に気圧されたようだ。

ニコラを先頭に兄夫婦が書斎へ入って行くのを見届けると、ジャスティンはやっと人心地つけた。

「バックス、お茶を頼む」

それにはその場の全員が無言で頷いた。

つづく


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迷子のヒナ 166 [迷子のヒナ]

のどがからからの一行は、図書室から居間へ場所を移し、もうすぐ昼食の時間だというのにお茶会を始めた。

テーブルを囲んで座る男三人。なぜか無言だ。

高級茶器の擦れる音、フォークが皿にぶつかる音、ヒナの鳴り止まない咀嚼音。

焦れたのか最初に口を開いたのはベネディクト。

「いったい、何がどうなっているの?お父様には秘密だったはずなのに……」

「いったいどうなっているんだろうな?」とジャスティン。

「ねえ、レゴはニコに怒られるの?」

ヒナはグレゴリーが心配になった。先ほどニコラに連れられ書斎へ入ったグレゴリーは、ジェームズに呼び出しを食らったときのヒナそのものに見えたからだ。何とか虚勢を張ってみるのだが、内心、今度はいったい何で怒られるのだろうかとビクビクしている様。

「お父様のあんなに慌てた姿見たの初めてだよ。お母様が以前、この屋敷は治外法権だなんて言っていたけど、その意味がやっと分かった」
グレゴリーはヒナが自分の父親のことをレゴと呼んだことにはあえて触れなかった。指摘したところで意味がないと分かっていたから。

「ここはニコラが伯母から相続した屋敷だったな。相続に関して細かい取決めでもなければ、グレゴリーを追い出すことなど出来ないはずだ。なにせ妻の財産はすべて夫ものだからな」
自分が口にした事実――ニコラは確実に夫を追い出すほどの力を持っているという事実――に恐れをなしたのか、ジャスティンはぶるっと身を震わせた。

「でもどうしてお父様は黙って忍び込んだりしたのかな?」ベネディクトは父らしからぬ行動に首をひねった。

「スパイだからだよ。ヒナ、いろいろ訊かれた」ヒナはここぞとばかりに得意になって言った。

それを聞いたジャスティンが、血相を変えて身を乗り出した。「何を訊かれた?」

「どこから来たの?誰と来たの?えーっと、あとは、その爪はどうしたのかって」ヒナは小指の爪にもじもじと触れた。

「つ、め……ああ、その小さな可愛い爪の事だな」ジャスティンは愛情のこもった眼差しでヒナの手元を見やった。

ヒナは嬉しさのあまりはにかんだ。

それを見ていたベネディクトは複雑な表情を浮かべながらも、話を元に戻すべく口を開いた。

「お父様はヒナの事を調べに来たのかな?だとしたら、ジャスティンとここへ来ていることを誰に聞いたんだろう?」
いったいヒナにどんな秘密があるのかベネディクトには知る由もなかったが、なにかただならぬ事情があるのは察していた。

「グレゴリーがここへ何しに来たのか……それを聞きだす役目はニコラに任せて、我々はお茶のおかわりでもしようか?」ジャスティンはテーブルの上の空のティーポットを振って、にやりと笑った。

ベネディクトはまだまだ詮索したりなさそうだったが、ヒナは大賛成でお菓子の催促もした。

つづく


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迷子のヒナ 167 [迷子のヒナ]

なにが『我々はお茶のおかわりでもしようか』だ!お茶のおかわりなどしている場合ではない。

ジャスティンは内心焦っていた。

グレゴリーがここへ来た理由がヒナの事だとはっきりわかったいま、それに対抗しなければならないが、どういう行動に出るべきなのか見当もつかなかった。

だいたい、兄とまともに会話をしたのはいつだっただろうか?それを思い出すには、ヒナのきゃっきゃと騒ぐ声から逃れる必要がある。ここの使用人は優秀だ。特にコックは。ジャスティンは、たった数日でヒナの満足するお菓子を次から次へと提供してくれるコックに感謝の念を抱いた。と同時に、少しやり過ぎだとも思わなくもなかった。

はしゃぎっぷりから察するに、ヒナはここをすごく気に入っている。まさかそんな事はないと思うが、帰りたくないと言い出したらと思うと、気が気ではなかった。

バックスが昼食も兼ねてのサンドウィッチプレートを運んできた。キュウリサンドが苦手なヒナのために、フルーツサンドが用意されていた。

ジャスティンからすると吐き気でも催しそうな代物だったが、ヒナが喜んでいるのだから、ただじっとその代物が皿の上から無くなるのを待つほかない。

「書斎には持って行ったのか?」ジャスティンはバックスに尋ねた。

「はい。お持ち致しました」と答えたバックスが、ポッと頬を赤らめた。

考えたくはないが、どうやら兄夫婦は独自の方法で話し合いをしているようだ。

「だったらいいんだ」と曖昧に呟くと、ジャスティンはヒナとベネディクト両者を順に見やり、案外仲良くしていることにホッと胸を撫で下ろした。

ヒナの周りと打ち解ける才能は、称賛に値する。本当は誰とも仲良くして欲しくないのだが、このひとり占めにしたいという気持ちは、二人を引き離そうとすればするほど強くなっていく。

ジャスティンの思考は、なぜグレゴリーがヒナを奪いにやって来たのかというところに戻った。まだそうと決まったわけではないが、ヒナがグレゴリーをスパイと断定したのだからそう決めつけて差し支えないだろう。

グレゴリーにヒナの居場所を告げた人物には心当たりがある。もちろんパーシヴァルだ。あいつ以外考えられない。

だが、ジェームズの最新の手紙には、パーシヴァルの丸め込みに成功したとあった。ジェームズが不確定要素のあることをこうも断言するはずがない。いったいどうなっているのだろうか?

パーシヴァル以外から、情報が漏れた可能性も視野に入れる必要があるのかもしれない。
まるで見当もつかないが、とにかくいまのところはニコラにすべてを託すしかない。

きっとグレゴリーからすべてを訊き出してくれるはずだ。

つづく


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迷子のヒナ 168 [迷子のヒナ]

息子や弟の前で思わぬ弱点を晒すはめになったグレゴリーは、妻ニコラの誤解を解くため、ここ書斎でも汲々としていた。

ニコラはとにかく腹を立てていた。
言葉の端々から察するに、どうやら普段予定外の行動を取らないはずのグレゴリーが、まさに予定外の行動を取った事が気に入らないようだ。
更には、パーシヴァル・クロフトの話に乗せられ、妻の屋敷に無断で忍び込んだことも、ニコラを怒らせるには十分な理由となった。

無断で忍び込んだと言っても、ジャスティンが本当にここへ来ているのか様子を伺ってから屋敷へ乗り込もうとしていたら、たまたま――そう、たまたま図書室の窓が開いていてそこに目当ての人物を発見してしまっただけだ。
最初は、女の子がソファに座っているのだと思った。たっぷりとした巻き毛をリボンで結んでいたからだ。服装からすぐに男の子だと気付き、少し話をしてみるのも悪くないと思った。

それが間違いだった。
普段、己の下した決断が思わぬ方向へ転がることなど稀なグレゴリーだが、あれは完全に間違いだったと認めざるを得ないだろう。そもそもクロフトの挑発に乗ってここまでやって来たこと自体間違いだったのだ。

とはいえ、身重の妻のそばに一番いて欲しくない人物がいると聞かされて、大して重要でもない会合にのんびり参加しているなど愚鈍な者のする事だ。

「それで?」ニコラがきゅっと眉を吊り上げた。「あなたはあの坊やの言う事を真に受けて、ヒナをさらいに来たって訳?」

あの坊や?ああ、クロフトの事か。

「さらいに、とはずいぶんと人聞きの悪い事を言うんだな?わが妻よ」

「何がわが妻よ、よ!わたしがこの屋敷に移って随分と経つけど、あなたは一度だって顔を出さなかったわ。今日までは!」
ニコラは長椅子の肘掛け部分をぴしゃりと叩いた。どうやら離れて座るグレゴリーの代わりらしい。

「だからわたしは反対しただろう?いくらお腹の子が大事でも――」

グレゴリーの反論は即座に遮られ、ニコラは無茶苦茶な要求を口にする。

「反対?反対されるいわれはないはずよ。あなたがわたしについてくればよかったじゃない」

「君は忘れたのか?わたしがこの国でどんな立場にいるのか」

「忘れてなんかないわ。だからひとりでここへ来たんでしょう?」ニコラはとうとう拗ねた。その方がずっと愛らしくて、グレゴリーの好きな妻の姿だ。

「なあ、ニコラ。冷静に話し合おう」グレゴリーはニコラの傍へと場所を移した。肩を抱き、そっとこちらへもたれ掛からせる。ニコラは抗わず身を任せてくれたが、夫への攻撃をやめようとはしなかった。

「あの子は、アンの子よ」

この一撃は効いた。

これまでの結婚生活の中で、ニコラはごくごくたまにだが、わたしと結婚してよかったのかしらと暗にほのめかすことがあった。おそらく今の一言もそうだ。

グレゴリーは黙って頷いた。

「ジャスティンが父親代わりで育てていたそうよ」

「うむ」

「まるで本当の親子のようよ。それでも引き離すつもり?」

グレゴリーは苦い顔をした。確かにさきほど二人を見た限りでは、お互い家族のように信頼し合っていて、クロフトから聞いた話とはまったく違っていた。あの男は不当にジャスティンがヒナを傍に置いていると言った。それはまず間違いないだろうが、ヒナが嫌がっている節はまったく見られなかったし、愚弟にしてはよく面倒を見ていると認めざるを得なかったのは事実だ。

「そんなつもりはないし、わたしが介入する事ではない」直接的には。

「だったらどうしてここへ?」ニコラがグレゴリーを見上げそっと尋ねた。

もちろん君に会いに。と言いたい気持ちを押しとどめ、グレゴリーはニコラのうるさい口を最も適した方法で黙らせた。

話の食い違いを正すのはもう少しあとでもいいだろう。

つづく


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迷子のヒナ 169 [迷子のヒナ]

屋敷の中が落ち着いたのは、ヒナとニコラが昼寝のため部屋へ引き上げてからだった。

このまま避けていても仕方がない。
ジャスティンは兄グレゴリーと話をつけようと、静かになった書斎を覗いた。

グレゴリーはぐったりとソファの背にもたれかかっていた。親指で両方のこめかみを揉みながら、うぅっと唸っている。
どうやらニコラとの話し合いで、相当な体力を消耗したようだ。

ジャスティンは黙ってグレゴリーの向かいに座った。
テーブルの上では食べられることのなかったサンドウィッチが、乾いて反り返っている。

「話し合う必要がありそうだな」グレゴリーはこちらを見もせず、そう言った。

「ええ、そのようです」

「どうやらニコラはお前の味方らしいな」

嫌味な口調が癪に触ったが、ジャスティンは平静を装って切り返した。

「俺ではなく、あくまでヒナの味方です」

「ああ、そうだったな」グレゴリーがふっと笑みを零した。「誰の彼もあの子の事をヒナと呼ぶ。あの子の名はカナデだろう?コヒナタ夫妻のひとり息子でラドフォード伯爵の孫。だからこそ、クロフトがわたしの元へ来た」

やはりパーシヴァルだったか。兄をけしかけたのは。

「それで連れ戻しに?」

「なぜわたしがクロフトみたいなやつの為にそんなことしなければならない?ニコラにも言われたが、それはわたしの役目ではない。だが事実確認はしておく必要はある。お前は保護と称して、あの子の意思に反し不当に手元に置いているのではないか?」

ジャスティンの怒りに火がついた。
のろのろと話を進めるのにも苛立っていたし、パーシヴァルの言葉を鵜呑みにして、弟に対して実にくだらない嫌疑をかけるなど、兄にしてはあまりに愚かな行為だ。

「ヒナが不当な扱いを受けているように見えましたか?ヒナの意思を俺が無視できるとでも?」激しい感情とともに言葉がほとばしった。

「無理だろうな」とグレゴリーがのんびりと答えた。それからバックスを呼び、干からびたサンドウィッチを下げさせると、新しいお茶を持ってくるように命じた。

ジャスティンは拍子抜けした。もっと攻め込まれると思っていたからだ。たとえヒナの意思に反していなくても、不当に手元に置いている事には変わりないのだ。だがそれは、誰もヒナを迎えに来なかったからだ。消極的ではあったが、ジャスティンはヒナを知る誰かを探そうとはした。いまさら文句を言われる筋合いはない。

「だが――」とグレゴリーは静かに切り出した。「どんな理由があろうとも、勝手にここへ来たことは許されない。たとえニコラが許そうとも」

語気こそ荒げなかったが、グレゴリーが相当感情的になっているのが伺えた。妻の傍に愚弟がいるのが気に入らないようだ。感情を煽らないようにしたかったが、なにせジャスティンのほうは興奮冷めやらぬ状態だ。

「ヒナの亡くなった両親の為だ。ニコラが独自に調査していることはそっちだって知っているだろう?」

ジャスティンの言葉遣いが気に入らなかったのか、それともニコラがあれこれ嗅ぎまわっていることが気に入らなかったのか、グレゴリーが不服そうに顔を顰めた。

「随分手を貸したからな。もちろん知っているとも」

「だとしたらなおさら、ヒナを向こうに渡せないのは分かるだろう?」

「お前がなぜ父親の役目に目覚めたのかは分からないが、いまの環境があの子のためになると思うのか?」

グレゴリーの意図するところは読めた。ターゲットはスティーニー・クラブだ。兄は自分の足を引っ張りかねないあのクラブを閉鎖させたくてうずうずしている。

痛いところを突かれた。
ジャスティン自身、ヒナをあんな濫りがましい場所の傍に置いておきたくなかった。大袈裟に言うなら、ヒナは娼館の離れに住んでいるようなものだ。

これについては、よくよく考える必要がありそうだ。

つづく


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迷子のヒナ 170 [迷子のヒナ]

ヒナがたっぷり二時間ほど昼寝をして目覚めたとき、ようやくジャスティンとグレゴリーの会談が終了した。

ここがニコラの屋敷ということもあり、兄弟間に根付いたわだかまりは、消えはしなかったものの、ひとまず棚上げとなった。

とにかくヒナのこれからについて、本人を交えて話し合う必要があると、さしあたっての結論を出し、ジャスティンは部屋へ戻り、グレゴリーは妻と子供たちの元へ向かった。

そしてヒナは寝ぼけまなこをごしごしとこすりながら、ダンがあれこれと注文を付けてくるのを聞き流していた。

「ヒナ、晩餐は六時からだからね」

「はぁーい」と返事だけは良いヒナ。適当に身に着けたシャツとズボン姿でバスルームへ向かう。部屋を出たヒナは、ちょっと寄り道をしてライナスの部屋を覗いた。

ライナスは多少鼻を啜ったりもしていたが、いたって元気だった。一日ひとりで寂しかったと、寝間着姿でヒナに纏わりつき、最新情報の真偽のほどを訊いてきた。

「うん、来てたよ。ベンがおとうさまって呼んでたもん」

「ああ!やっぱり。でもなんで僕には会いに来てくれないんだろう?」

「ニコに怒られてるからだと思う」ヒナはあてずっぽうで無責任な事を言う。

「お母様に?」ライナスは驚きの声をあげたものの、あながちない事でもないと思ったのか、ヒナの耳元で囁くように打ち明けた。「内緒だけど、お父様はお母様によく怒られてるんだ」

内緒でもなんでもなく、実際怒られている姿を見てしまったヒナとしては驚くに値しなかった。
ヒナの家でもそうだった。
優しいお父さんは、「杏に勝ちを譲るんだ」と言っていたけど、お母さんが無敵なのはみんなが知っていた。

両親を思い出し、センチメンタルな気分になってしまったヒナは「晩餐でねと」ライナスに暇を告げ、こんどこそバスルームへ向かった。

バスルームのドアを開けると、充満していた湯気が廊下に流れ出してきた。ヒナの気分は上向き、ウキウキと中へ入った。

バタンとドアを閉めた瞬間、湯気の向こうに湯船に浸かる人影が見えた。

グレゴリーだった。

つづく


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